ひとりごと

ずいぶん悩んでいた卒業論文について、少し道が見えてきたように思えるので心が軽い。しかし何しろ、時間配分が致命的に苦手。一度にやらなくてはならないようなことがいくつもいくつもあって、その上どうしてもやりたいことまで山ほどあるので、その優先順位を中々決められない。

 

そういえばこのブログは未だタイトルも決められていない。どうしようか。最近はTwitterで本当のことを書くのが難しいので、避難場所のような気分で作っただけのもの。まだ何を書こうというつもりもない。多分動機からして、Twitterよりもさらに個人的なひとりごとになるのだと思う。どうしようか。

 

中井久夫『世に棲む患者』

借りたので少しだけ読む。この人の本は2冊目だけれど、確かに貸してくれた人が言っていたようにあくまで”治療者”としての立場から書かれているんだと思う。たくさんの実例が挙げられているが、そのすべてに対して私は「まったく理解ができない」ということができない。勿論すべてを理解できるわけもないが。どちらでもないことがいいのだとも思う。

 

映画

下妻物語

見るのは二度目。可愛いし、満足した。

ロリータ、ゴスロリといった服装は好きだ。なぜほぼ(非日常的なイベントを除いて)着ないのかといえば、好きな人達はその言葉を嫌うけれど、やはり最終的にはキャラクターを纏うという意味でコスプレのように思えるからだ。いやコスプレであること自体なにも問題はないと思うけれど(何を着ていたってそれはある意味でコスプレのようなものだろうし)、一歩間違えれば恥ずかしくも見えてしまうこの洋服を着こなすためには強固なキャラ設定が必要になる。無意味に着ることが難しい種類のものだから。私に関して言えば、その作りこみが面倒なので、相当気合の入ったときでなければ演じ切ることができないということなのだろう。

この映画はかなりロリータファッションのそういうところに自覚的であるように思われて、見ていて痛々しくなく、むしろ痛快だった。深田恭子の「似合ってるけど、まあそれなり」であるという程よさ、田舎の民家の中でのロリータ部屋の程よさ。

 

英国王のスピーチ

ストーリーそのものもよいのだろうが、部屋の雰囲気がよかった。部屋というのは、言語療法士のライオネルの仕事場。度々王室の綺麗な装飾の部屋が出てくるのだけれど、それよりもライオネルの広い窓の簡素な部屋がいい。

聞くだけでも何を言っているのか分かるほど英語ができたなら。